池島

西彼杵(にしそのぎ)半島の西沖合およそ7kmに浮かぶ周囲4kmの小さな炭鉱の島。最盛期には約8000人もの人々が住んでいたが、現在の人口は200人に満たない。従業員が25000人いた頃もあり、当時のマンション群が現在も多く残っている。その廃墟的な景観から第二の軍艦島と呼ばれることもある。

港に着くと、ブイを使ったアートがお出迎え。後ろにうっすら湾が見えるだろうか。もともと鏡ヶ池と呼ばれる大きな池だった。工事で海と繋ぎ、その名残から池島と呼ぶようになった。


巨大な重工機が佇む。石炭を船に運ぶためのレーンも見えるが、折れてしまっている。池島は世界有数の海底炭鉱として知られており、坑道の総延長距離は96㎞にも及んだ。炭鉱ルートの見学も事前予約で可能だ。
パオーン
それにしても、一つ一つの機械がムチャクチャ大きい。

構内も広々としている。
炭鉱の花、立坑炉。トロッコ達が暇をもて余している。
さぁ、マンション群だ。たまに一部屋だけ、人が住んでいて洗濯物が干してあるから驚きだ。元々150棟ほどあったらしいが、解体され現在は70棟ほど残っている。
閉山から20年。自然に飲み込まれて行く。
ボーリング場、公衆浴場…当時の面影は随所にまだ残る。そして名物「かあちゃんの店」島唯一の現役食堂。
食堂の前にて。池島は別名猫島と言われるほど猫が多い。あちこちで猫がのんびりしている。閉山後に現れたので、彼らは池島の賑わいを知らない。

池島小・中学校が併設されている。生徒数は1桁。1桁のためにこの校舎‼鉱山の最盛期には小学校だけで1000人以上が在籍していたという。

学校の前には島で唯一の信号。島はほとんど車は走らず、必要ないはずだが教育用らしい。島で育った子供が、本土で困らないため。凄い話だ。


さぁ池島の目玉「8階建てアパート」。最盛期に従業員の住まいを確保するのに苦労・工夫してきたことが伺える。

池島のアパート群にはエレベーターがない。ここもそうだ。実はこちら側は裏手になっていて、斜面を利用して5階部分の反対側に入り口がある。地上4階、地下4階の建物なのだ。
当時の炭鉱マンの給料は一般的なサラリーマンの2倍ともいわれた。羽振りは良かったのではないか。
屋上。廃墟探索者泣かせの橋。薄い鉄板に穴、空いてます。
遠くに見えるは、四方岳と呼ばれる114mの池島最高峰の山。頂上に展望台がある、行こう。
ちなみに、1952年に始まった炭鉱の歴史は、石油に頼るエネルギー革命&安価な輸入石炭により2001年11月に幕を閉じる。当時数千人いた従業員は全て解雇された。
途中に池島神社があり、その脇からロープ付きのかなり急な坂を登って展望台についた。8階建てアパートは2棟ある。見張らしは抜群に良かった。

池島は観光地。観光客で大混雑…は杞憂で。人…いません。猫はいます。いつか無人島になってしまうのだろうか。素敵な島なんだけどなぁ


Departure

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